近年、インドネシアでは、ムスリム服の着用者が増加している。特に女性用のムスリム服については、ヴェールも含め非常にファッショナブルなものが登場している。本発表の目的は、ムスリム服に注目して、インドネシアにおけるムスリム・アイデンティティとエスニック・アイデンティティの関係を中部ジャワの事例をもとに考察することである。
インドネシアは、ムスリムが9割近くを占める国であるが、かつてヴェールの着用は一般的ではなかった。1980年代には、公立学校でのヴェールの着用が制限されるなど、ヴェールやムスリム服を身につけにくい時代があった。1990年代になると役所や学校での着用制限がなくなり、スハルト新秩序体制が崩壊した1998年以降、ヴェールとムスリム服着用者は、さらに多くなった。2000年代には、ファッショナブルなムスリム服が登場し、マレーシアをはじめ東南アジアや中東など海外のムスリム・ファッションの取り入れ、インドネシアのムスリム服デザイナーの海外進出など、ムスリム服はビジネスとしてもインドネシアでは重要さを増している。
インドネシアでは、学校、役所、女性団体等、様々な組織に制服が存在しており、これらは新秩序体制時代に、インドネシアの統合を象徴するものとして作られた。最近では、周囲に同化するために、職場や集まりの場でヴェールやムスリム服が「制服」のように着られることもある。しかしながら、ヴェールやムスリム服は、形、大きさ、色等によって区分があり、どのようなものを着用するかによって、自らのイスラーム意識が主張されている。
多民族国家のインドネシアにおいては、特にエスニック・アイデンティティが意識される機会がある。それは、結婚式をはじめとする人生儀礼の場であり、こうした機会にはエスニック・アイデンティティとムスリム・アイデンティティのバランスが必要となる。例えば、近年のムスリムの結婚式では、民族衣装をモダンにアレンジした婚礼衣装、それにムスリム式のヴェールの着用するという変化が見られる。結婚式の形式変化もまた変化しており、ムスリム式を強調するようになっている。こうした変化は、ジャワ人としてのエスニック・アイデンティティとムスリム・アイデンティティとのバランスが問題となる現在の状況を反映したものである。